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広島高等裁判所松江支部 平成3年(ラ)8号 決定

抗告人 井原光宏

相手方 井原明博 外4名

被相続人 井原健司 外1名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙即時抗告申立書記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  抗告理由第1点(遺産の評価について)

所論は、要するに、本件店舗・居宅中の建物部分(原審判添付遺産目録(1)(編略)4)については、抗告人が保存、改良工事をなしてその価値を増殖せしめているのに、原審判が、右工事による増価値部分をも含めて遺産として評価し、あるいは右増価値部分を本件手続内で清算しなかったのは不当である、というのである。

本件記録によると、(1) 抗告人は、右建物につき昭和58年ころ自己資金をもって増改築工事(北側の2階一間を寝室に、北側と南側のつなぎ部分を総2階にして物置、居間に、南側の風呂場と物置を風呂場と台所に増改築)を施行したこと、しかし、(2) 本件店舗・居宅は、被相続人夫婦が戦前から各相続開始時まで生活及び家業の本拠とし、かつ、相手方哲を除く当事者らが生育ないし結婚生活を送った不動産であって、相手方明博、同由利子が原審に調停前の仮の処分を申請するなど、当初から、抗告人による右増改築工事に異議を留めていたこと、(3) 抗告人が、現在、右建物に居住しているのは、いみじくも原審判が9枚目裏7行目から10枚目表9行目において指摘するとおり、賃借権等の具体的な権利に根拠を置くものではなく、親族関係を基礎として被相続人両名と同居してきた経過を考慮し、他の相続人においてその無償使用を黙認してきた結果であつたこと、(4) また、右増改築は建物の保存上不可欠な工事というより、抗告人が同居する長男忠和(相手方)の結婚を契機に新所帯を迎えるためになされたもので(抗告人は、調停時において、右建物の傷みがひどく到底居住に絶えない旨主張しているが、採用できない。)、現実にもその利用は抗告人らのみによってなされていること、(5) さらに、抗告人は、右増改築部分に1500万円を超える資金を投下したとしているが(本件記録257丁以下)、右部分を含む建物全体の分割時における評価は、わずかに441万円にすぎないこと、以上(1)ないし(5)の事実が認められる。

右事実によると、抗告人主張の増改築部分は、民法242条本文により遺産である前記建物部分に附合しているのであるから、原審判が右増改築部分を含めた建物全体をもつて遺産評価した草津鑑定を採用したのはもとより正当である。

また、本件のように、相続人の一部が、遺産である不動産に増改築工事を加えた場合の償還請求は、当事者が遺産分割手続内での清算に同意している場合、または、その金額が明確で、これを遺産分割手続内で清算するのが正義、衡平にかなう特段の事情のない限り、民事訴訟によるべきものと考えるのが相当である。これを本件についてみるに、右増改築部分の本件手続内での清算については当事者間に合意が存しないし、前記認定の増改築の目的、態様、経過、利用の実態、現存価格に照らすと、これを本件において清算しなければ正義、衡平に反するとの事由も存しないというべきである。ちなみに、本件記録によると、相手方明博、同由利子も下水道工事の関連で本件居宅の改築工事をして相当の負担をしているが、同人らは右のような改築部分についての清算を主張しておらず、抗告人についてのみこのような清算をなすことは、却って衡平に反すると考えられる。論旨は理由がない。

2  抗告理由第2点(被相続人信子の特別受益について)

所論は、被相続人信子は、被相続人健司から昭和37年7月26日、松江市○○町字○○○○×××番地の宅地建物の贈与を受けているのに、原審判が被相続人信子の具体的相続分を算定するにあたり、右を特別受益として控除しなかったのは不当である、というのである。

所論についての当裁判所の判断は、原審判8枚目表4行目「上記主張事実」から10行目までの説示と同一であるから、これを引用する。補足するに、かりに、右不動産の購入資金を健司が出捐したものとしても、被相続人信子は、昭和9年3月14日に被相続人健司と結婚以来、被相続人健司の死亡時まで37年間にわたり、家事労働のみならず家業である葬儀店、造花店の中心的働き手となつてその維持、発展、ひいては健司の資産形成に寄与してきたことは明白であるにもかかわらず(健司は家業のかたわら市会議員を勤めたこともあつた。)、他になんらの不動産も残していないこと、加うるに、被相続人健司の相続に関しては、昭和55年5月17日法51号による改正前の規定が適用され、配偶者が法定相続分においても十分に優遇されていなかったことを併せ考えると、右については被相続人健司において、黙示による持戻免除の意志表示をなしたものと推認するのが相当である。論旨も理由がない。

3  抗告理由第3点(抗告人の寄与分について)

所論は、抗告人は、被相続人健司の資産形成に特別の寄与をしたにもかかわらず、原審判が寄与分を認めなかったのは不当である、というのである。

抗告人の供述として、昭和21年の縁組当時被相続人夫婦の生活は抗告人が面倒をみ、同時にその当時1500円の大金を健司の事業に注ぎ、さらに、昭和27年ころ、健司に対し6万円を拠出した、また、抗告人夫婦の給与の大半を健司に渡してきた等々と述べる部分があるが、本件記録を検討してもこれを裏付ける資料は発見できない。また、抗告人は、被相続人健司の造花店の配達等に日夜寄与してきたとも述べるのであるが、本件記録によると、被相続人健司、同信子夫婦は、昭和初期から死亡時まで、健司が昭和5年に取得した本件店舗・居宅建物において葬儀店、造花店を営みこれを家業としてきたものであるのに対し、抗告人、その妻亡京子、相手方らはいずれも別途職業を持つていたこと、抗告人は、昭和21年5月17日、被相続人健司の長女である亡京子と結婚し、同時に被相続人らと養子縁組をして同居するようになつた(昭和28年ころから35年ころまでは京子の勤務の都合で○△市内に別居していた。)ものであるが、相手方明博、由利子夫婦も昭和35年ころまでは被相続人らと同居していたこと(家業の手伝いは由利子も中学時代からしていたし、結婚後も、繁忙の折りには勤務から帰宅後造花の製造を手伝つたことがある。)、抗告人と京子は、この間少なくとも3か所の不動産を取得していることなどの事情に照らせば、独り抗告人のみが、民法730条にいう親族間の通常の扶助及び協力の程度を超えた特別の寄与をなしたものとは到底解し難い。論旨も理由がない。

4  抗告理由第4点(遺産の範囲)について

所論は、被相続人健司の遺産として、原審判添附別表1(編略)の預貯金が存在するのに、これを分割しなかったのは不当である、というのである。

所論についての当裁判所の判断は、原審判5枚目裏7行目から6枚目表11行目までに説示するところと同一であるから、これを引用する。付言するに、抗告人主張の預貯金等については、本件申立時から原審判時まで約7年間にわたり当事者間で遺産の調査を行ないながらもこれを具体的に認定すべき資料を発見できなかつた。よしんば、被相続人健司の相続開始時に右が遺産として存在したと仮定するならば、事実関係の流れからして右は信子により固定資産税の支払等の被相続人健司の遺産の維持管理費用等に充てられたと見るのが自然であり、右預貯金は、判明している被相続人健司の遺産の中に化体していると見るのが相当である。論旨も理由がない。

5  以上の次第で、抗告人の抗告理由はいずれも理由がなく、その他本件記録を検討するも原審判を不当とする理由は見当たらない。

三  よって本件抗告を棄却し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 角谷三千夫 裁判官 渡邉安一 渡邉了造)

(別紙)

抗告の趣旨

原審判を取り消し、本件を松江家庭裁判所に差戻すとの裁判を求める。

抗告の理由

1 原審判は相手方井原光宏に対し、遺産取得の代償として合計3881万7853円を申立人らに支払うよう命じているが不当である。

(1) 原審判は、遺産目録(1)の1~4の分割時価額を8580万円としているが、不当である。即ち、同目録の4の建物は、相続開始後、相手方井原光宏において、保存、改良工事を行い、その為建物価額が上昇したものであるから、分割時遺産価額は、保存改良工事がないものとして評価しなければならない。

(2) 原審判は、被相続人信子が被相続人健司から松江市○○町の土地、建物の贈与を受けたことによる被相続人信子の特別受益を否定し、上記土地、建物の持戻しをしないまま、相続財産額を算定しているが、信子は、上記土地、建物取得時、取得できる資力はなく、健司からの贈与によるものであることは明らかであり、且つその額は多大であるから持戻すべきである。

(3) 原審判は、相手方光宏の被相続人健司に対する特別寄与を否定しているが、不当である。相手方光宏は養子縁組により、当時所持していた1500円(これは現在の時価に直せば数千万円になる)を健司に交付し、その他にも造花店経営を手伝い、相手方光宏夫婦の給料全部を渡すなど、多大の財産的援助を行った。そのことにより、健司の遺産は維持、形成されたといっても過言ではないから、少なくとも2000万円程度の特別寄与を認めるべきである。

(4) 原審判は、預金、現金等について、遺産目録(2)のとおりの遺産しか認めていないが、不当である。原審判別表1のとおりの預貯金が存在したのは、相手方光宏が健司の相続税支払いのとき調査して、証券番号まで特定していることからして間違いない。そして、原審判認定の如き、上記遺産を造花店営業の維持管理の費用に充てる旨の合意は一切なかった。

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